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「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つていた」
「いや、どうぞ構はんで下さい」
「いゝかね。あんたの身体はどこも悪くない」
この家はこの娘のためになんとなく幸福そうに見える。一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。
房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。
「へえ、どういふわけでせう」
「なに、訴訟?」
一
職業柄人見知りなんかはしていられないし、又さういふことにかけては密ひそかに自信を持つていた房一も、少したぢたぢとなつた。そのはずみに、房一は路々考へて来た挨拶のきつかけを度忘れてしまつたほどである。
「脚気の方は?」
「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」
恐らく、房一も他の場合にはこれと似たりよつたりの動作をやるにちがひない、たゞ道平に向ふとこんなに易々とできないのだ。
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