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    「や、失礼、おさきに」

    「眼が潰つぶれちまふ――ねえ、先生」

    「知吉さんはこれまで散々踏みつけられて来たんだから、自分が戸主になつてみるとこれまでの腹いせといふ気もあるんでせうな」

    「ふむ、さうすると――」

    と、彼女は半ば問ふやうに、まじまじと徳次の顔を眺めた。彼はいつの間にか戸口から少し家の中へ入りこんでいた。だが、その奇妙な遠慮深さのために片手で入口の柱をつかまへたまゝ、宛あたかもまだ家の中へはすつかり入り切つてはいませんや、と云つているやうな恰好をしていた。その時盛子は男が今一方の手で平つたい笊を抱へているのに気づいた。その中には笹の葉のやうなものがのせられ、下では魚の腹らしいものが光つて見えた。

    「あなたは、多分――」

    「さうよ。てめえはその大将だらう」

    「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」

    と云つた。

    よそは住宅難だが、伊東には売家も貸家も多い。伊東は海山の幸にめぐまれて食糧事情がよかったが、東京も食糧事情がよくなったので、不便を忍んで通勤していた人たちが東京へ戻りはじめたのである。

    「御焼香を。――どうぞ、お近いところから御順に」

    むかしからおれとこの人とは仲よしだつた――それは押しかくすことのできない悦ばしさだつた。

    「今晩、寄せてもらつてもえゝですか」

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